奈良県の某大学付属高校所属の三年生の学生生活と倫理(哲学)専攻記録。
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2007/04/23 ---- 自由と規律-イギリスの学校生活-
2007/04/22 ---- 京都つれづれ巡り
2007/04/20 ---- 進路とか二者懇談の話とか
2007/04/15 ---- オイディプス王
2007/04/09 ---- 簡素に哲学についての骨組み
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人間が理性的動物であるといわれるように、その理性的能力によって道具や言語の使用をはじめ、他の動物には見られない様々な活動を行うことが可能である。
こうした人間的活動は、哲学、宗教、芸術といった分野へ通じ、そこに精神的な人間独自の活動があるといわれる。
人間としての深みがそれ。
哲学がこれら営みがもつ意義を解しさらに自覚を深めようとするもの。
二種の考える、ということ
人間と他の動物との差異はその考える能力にある
日々、生じる様々な問題に対処すること
「~をしてしまった、~になってしまう、どうすべきであるか」と考える場合
ここでの我々の関心というのはもっぱら外へ向けられている。
これに対し、もう一つの「考える」がある
此処までの自分の常識に対し「事実そうなのか、何故そうなのか、」
など自らに問い直す行為である。
または己自信を振り返り、「こんなことでよいのか」など考えることでもある。
-自らの考え方を反省する
しかしながら人間と動物を真に分かつものは後者の「考える」である。
何故後者の「考える」が人間特有なのか
前者
ただ生きていくための知識であり、程度の差はあれどもやはり動物ももっている
(食物の獲得、てきからの逃亡の差異に見せる的確な判断など)
対して動物は「何故生きているのか、いかに生きるべきなのか」という問いは発生しない
パスカルの考える葦「パンセ 第6章347」
人間は自然の中では弱き生物に過ぎない、だが考えることにより宇宙をも超越する。」
memo(パスカルは一方で無限の中に消え行く小粒子である人間の有限性も受け入れている)
こうした人間的活動は、哲学、宗教、芸術といった分野へ通じ、そこに精神的な人間独自の活動があるといわれる。
人間としての深みがそれ。
哲学がこれら営みがもつ意義を解しさらに自覚を深めようとするもの。
二種の考える、ということ
人間と他の動物との差異はその考える能力にある
日々、生じる様々な問題に対処すること
「~をしてしまった、~になってしまう、どうすべきであるか」と考える場合
ここでの我々の関心というのはもっぱら外へ向けられている。
これに対し、もう一つの「考える」がある
此処までの自分の常識に対し「事実そうなのか、何故そうなのか、」
など自らに問い直す行為である。
または己自信を振り返り、「こんなことでよいのか」など考えることでもある。
-自らの考え方を反省する
しかしながら人間と動物を真に分かつものは後者の「考える」である。
何故後者の「考える」が人間特有なのか
前者
ただ生きていくための知識であり、程度の差はあれどもやはり動物ももっている
(食物の獲得、てきからの逃亡の差異に見せる的確な判断など)
対して動物は「何故生きているのか、いかに生きるべきなのか」という問いは発生しない
パスカルの考える葦「パンセ 第6章347」
人間は自然の中では弱き生物に過ぎない、だが考えることにより宇宙をも超越する。」
memo(パスカルは一方で無限の中に消え行く小粒子である人間の有限性も受け入れている)
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プロフィール
HN:
恵知果
年齢:
35
性別:
男性
誕生日:
1990/12/08
職業:
高校生
趣味:
ギャルゲ、アニメとか。そして哲学
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